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Bacterium lacking a known gene for retinal biosynthesis constructs functional rhodopsins

  微生物が持つロドプシンとは内部にレチナール色素を結合させた膜タンパク質で、光エネルギーを受容し、イオンを輸送したり、光センサーとして機能したりすることが知られています。例えば、イオン輸送中でも細胞の内側から外側にH+を輸送するH+ポンプと呼ばれるロドプシンは、細胞の内外にH+の濃度勾配を形成し、生命共通のエネルギー通貨と言われるATPを合成するための酵素(ATP合成酵素)を動かすことができます。海洋や湖の表層には、1mLあたり10  ~ 10  細胞程度のバクテリア・アーキアが生息していますが、このうち半数以上のものが微生物型ロドプシンを持つと見積もられ、特に水圏環境において、光合成とは異なる光エネルギー利用戦略として注目されています。(詳細は「研究内容」ページへ)

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  ロドプシンが機能するかどうかにおいては、内部に結合しているレチナールが光エネルギーの受容を担うため、レチナールの存在が不可欠となっています。近年、多数のバクテリア・アーキア(原核生物)のゲノムからロドプシン遺伝子が見つかってきた一方で、その中には、レチナールを生産するために必要とされてきた遺伝子(blh遺伝子・シアノバクテリアにおいてはdiox1遺伝子)が存在しないゲノムも数多くあることが分かってきました。このようなゲノムを持つ原核生物は、これまでの知見ではレチナールを生産することができないこととなり、ロドプシンも機能させられないことになります。水圏環境中に数多く (環境中に生息する全個体数の~10%を占める) 生息しているグループとして知られる、SAR86, Marine Group II, CL500-11といった原核生物でもロドプシンは持つものの、blh遺伝子は持っていないとされていることから、環境中には種類だけではなく、個体数としてもblh遺伝子を持たないロドプシン保有原核生物が多く存在していると考えられます。このようなロドプシン保有原核生物は、レチナールを生産することができず、ロドプシンも機能していないのでしょうか?

  本研究では、Aurantimicrobium minutum KNC  と呼ばれるH  ポンプを持つものの、blh遺伝子が存在しないActinobacteria門に属するバクテリアを用いました。レチナールを含まない培地でこの株を培養し、ロドプシンのイオン輸送活性を測定したところ、H  輸送活性が確認できました(下図(A))。この結果から①blh遺伝子以外の遺伝子がコードする酵素によってレチナールが生産されている②レチナール以外の色素が生産されロドプシンに結合している、という2つの可能性が考えられます。分光学的な解析や、質量分析を追加で行い、我々はレチナールを検出することができました。つまり①の、「別の遺伝子によってレチナール生産が可能である」を示す結果となります。先行研究では、A. minutumに近縁な、別のActinobacteria門のバクテリアを用いて実験が行われていました。この菌におけるロドプシンの活性は、レチナールを外部から添加してはじめて測定できたことから、「自身ではレチナールは生産できない」「レチナールは外部のレチナールが生産できる生物から得ている」と長らく考えられてきました。しかし本研究により、ロドプシンが機能する上で「blh遺伝子を持つ」ことは必須ではなく、別の遺伝子でも機能させられることを示しました。

H  ポンプ活性がある場合、光照射中にH  が細胞外に排出されるため、懸濁液のpHが低下

レチナール非添加区でもpHの低下が見られ、添加区の「明条件培養」サンプルでは活性の上昇が見られた

(後述)

pH_KNC.png

  blh遺伝子を持たない株でもレチナールを生産できることを示せた一方で、A. minutumの活性測定時、特に光を照射しながら培養した(明条件の)細胞では、レチナールを添加することでロドプシンの活性が有意に上昇しました(上図(B))。

これは、A. minutumの細胞内にあるロドプシンは「レチナールが結合しているもの」と「レチナールが結合していないもの」が混在し、外部からの供給により後者のロドプシンも機能するようになったことから活性が上昇したと考えられます。光を当てずに培養した(暗条件の)細胞でその上昇が小さかったのは、細胞内に存在するロドプシンの全体の数がそもそも明条件>暗条件であり、自身で作ることができたレチナールでその多くをまかなえていたのではないかと考えられます。逆に捉えると、A. minutumは自身で生産できるロドプシンの(最大)量に比べて、レチナールは一部しか生産できないこととなり、「外部のレチナール生産者に頼る」という戦略も否定するものではありません。

活性retinal_negative.png
活性retinal_positive.png

 また、本研究の中では「実際にどの遺伝子がレチナール生産に関わるのか」については明らかになっていません。ここで、仮説として記載したレチナール生産経路についてみてみます。通常の経路では、C40カロテノイドのリコペン(Lycopene)が生産され、crtY遺伝子がコードするリコペンサイクラーゼ(lycopene cyclase)によりリコペンの両端が環状になることでβ-カロテン(β-carotene)が生産されます。この次にβ-カロテンの真ん中が(対称に)blh遺伝子がコードするオキシゲナーゼ(oxygenase)により切断され、2分子のレチナールが生産されます。A. minutumのゲノムにはcrtYのリコペンサイクラーゼは存在せず、C50カロテノイドの代謝に関与するcrtYe/Yfと呼ばれる遺伝子のクラスターに属する遺伝子を持ちます。また、リコペン(C40カロテノイド)をC50カロテノイドに伸長する酵素もゲノム上に存在することから、未知のレチナール生産経路はリコペンやβ-カロテンといったカロテノイドではなく、C50カロテノイドを経由するのではないかと考えています。

hypo_pathway.png
 さらに、今回の結果はあくまでもA. minutumではレチナール生産が可能であっても、他の分類群(上記SAR86, MG II, CL500-11はいずれも異なる門に属します)でも同様にレチナールが生産されているかは未解明です。つまり、「自分でレチナールを調達する戦略」と「周辺に生息する生物からもらう戦略」(個人的なやりとりのレベルでは我々はこれを"盗葉緑体"という戦略に準えて、"盗レチナール"と呼んでいます)の決着は付いておらず、両方成立し得ます。
 データとしては論文内に示していませんが、Actinobacteria門以外にも、Proteobacteria門、Firmicutes門、Deinococcus-Thermus門、Becteroidetes門、Chloroflexi門、Euryarchaeota門の様々な株で、「ロドプシンを保有するものの
blh遺伝子を持たない」というゲノムが見つかります。今後は、新規のレチナール生産遺伝子を突き止めること、他の分類群でのレチナール生産の可否、外部からの供給に頼る戦略の実現可能性などを明らかにしていく必要があります。これまでは、ロドプシン保有原核生物の光利用戦略といえば、どのようなタイプのロドプシンを持つのか、それがどのくらい発現し用いられるのかということに焦点が当てられていました。今後はそれらに加えて、自身あるいは他者から(レチナール)色素をどのように得るのかという発色団獲得戦略も重要になると考えています。
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