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【ネタコラム】北欧神話とアスガルドアーキアの系統樹

※本記事はネタであり、参考にした論文の解説を目的としたものではありません。

遺伝子解析による(バクテリアや)アーキアの系統分類で「こんなことがある」という、興味を持ってもらう取っ掛かりの1つとしてお読み下さい。

生物学用語の細かい解説はしませんので、想定されるレベルとしては、

高校生物履修以上、例えば「分類学やゲノム解析についてなんとなく知っている」以上です。

(一応、そうでない方が読んでも理解できるように努めます)

1. アスガルドアーキアとは

2015年、スウェーデンのウプサラ大学を中心とした研究チームによって行われたサンプリング→メタゲノム解析から、

新たにLokiarchaeota(ロキアーキオータ)という門が提唱されました。これはサンプリングサイトがLoki's Castleというものに由来するもので、

Lokiとは北欧神話の神の名前です。

我々を含む真核生物のクレードはバクテリア(細菌)よりも、むしろアーキア(古細菌)に近いことが知られていますが、

「では、どのアーキアが最も真核生物に近いのか、共通祖先を持つのか」ということが大きな関心でした。

 

Lokiarchaeotaのゲノム(Metagenome Assebbled Genome: MAGですが)が得られ、

その解析によってそれまで知られていたどのアーキアよりも我々真核生物に近いことが明らかとなりました。

また、Lokiarchaeotaがどんな遺伝子を持っているのかを調べたところ、真核生物様遺伝子を保有することも明らかとなりました。

(Complex archaea that bridge the gap between prokaryotes and eukaryotes; Spang et al., 2015)

その後2017年、同じくMAGではあったものの、Lokiarchaeotaに近縁な(TACKやDPANNと呼ばれるもの、Euryarchaeotaには近くない)ゲノムが複数系統同時に報告されました。

これらは、Odinarchaeota (オーディンアーキオータ)、Thorarchaeota (トールアーキオータ)、Heimdallarchaeota (ヘイムダルアーキオータ)と名付けられ(正式な学名ではない)ました。

Lokiに寄せて、これらはAsgardarchaea (アスガルドアーキア)として門相当の複数グループを含む大きな一群として知られることになります。

Loki以外の3系統でもLokiで見られていたような「真核生物様遺伝子」は多数見つかっています。

また、Asgardarchaeaがどんな環境のメタゲノムから見つかったかという結果により、

marine sedimentや、estuary sediment、lake (freshwater) sediment、hydrothermal ventなど様々な環境に生息していることが示されました。

(相対存在量が高いかは別問題)

(Asgard archaea illuminate the origin of eukaryotic cellular complexity; Zarembra-Niedzwiedzka et al., 2017)

というわけで、北欧神話に出てくる神の名前がつけられた系統のアーキアと、

その神々が住む世界(アスガルド)の名前がついた括りで呼ばれることがお分かりいただけたかと思います。

2. 本題 その1 -増え続けるcandidate phyla-

近年の遺伝子解析技術の発展(高速化・解析量の増加)により、Asgardarchaeaに限らずなんやかんやと「培養株はないがゲノム情報だけはある」というグループが多く知られるようになってきています。

上述のMAGだけではなく、SAG (Single amplified genome)なんかもそうですね。

そういった "Candidate ~~"がついた名前が多すぎて、バクテリア・アーキアの系統は追いきれず、

どれとどれが姉妹群なのか、なにとなには近縁なのかというのがサッパリなのではないでしょうか。

(たまに、大規模に再検討・整理された論文が出るが)

Asgardarchaeaも例に漏れず、

Helarchaeota (ヘルアーキオータ; Asgard archaea capable of anaerobic hydrocarbon cycling; Seitz et al., 2019)

Gerdarchaeota (ゲルドアーキオータ; Diverse Asgard archaea including the novel phylum Gerdarchaeota participate in organic matter degradation; Cai et al., 2020)

などなどいろんな系統が提案されてきています。

(この2つくらいまでは論文で順序が追いやすかった。)

そんな中、先週Nature誌に発表された以下の論文で一気に(個人的な観測・知識の中では)Asgardarchaeaが拡張されていました。

(Expanded diversity of Asgard archaea and their relationships with eukaryotes; Liu et al., 2021)

HP_ネタ素材.001.png

論文の図ではなく、それを参考にした模式図なので、それぞれの枝の長さに(あまり)意味はありません。

論文では、新たにWukongarchaeotaという系統が提案され、Asgardの中で特に深い枝になっていることが示されました。

​いつの間にかAsgardのメンバーも増えていて驚きです。

ここに北欧神話の情報を載せてみましょう

HP_ネタ素材.002.png

なんとなく、「オーディン」という文字が多そうにみえるので

HP_ネタ素材.003.png

こういう括り方をしてみました。

​なるほど。さすが「主神」だけあって、Asgardのメインクレードの1つは

オーディン関係者(神)の名前がついて・・・いないですね、ヘズのみ。

実は、カリやゲルドがヘズの関係者だからクレードが別なのかと思い、

​調べてみると、

HP_ネタ素材.004.png

特に関係性は見当たりませんでした。比較的新しく提唱された系統のはずなのですが、

どの神様から名前をとるかの時に、その関係性を(この命名者は)気にしなかったのでしょうか?

オーディンと仲が悪い、みたいな話があるのでしょうか。

ちなみに、オーディンではないですが、ヘズはロキに騙されてバルドルを殺してしまうようで、

ヘズとバルドルは異母兄弟ということなので、もしかすると、それを意識したHodarchaeotaという命名なのでしょうか

ヘイムダルの親は「母親たる九人姉妹」ということで、一説によると波を擬人化した

エーギルとラーンの九人の娘と同一とみられるようです。

それがヒミングレーヴァ・ドゥーヴァ・ブローズグハッダ・ヘヴリング・ウズ・フレン・ビュルギャ・バーラ・コールガ

という名前らしいので、Hodarchaeotaではなく、上記の母親の名前から付けたらよかったのに​

2. 本題 その2 -Wukongarchaeotaとは何者か-

 

​では、Wukongarchaeota、つまり、〜アーキオータの部分を抜いた、Wukongとは何者なのでしょうか。

Hod(ヘズ)は検索に少し苦労しましたが、Wukongはすぐに出てきました。

​これはつまり、

HP_ネタ素材.005.png

孫悟空でした。

(本文を読み進めていると、Monkey KingのSun Wukongからとった、とちゃんと書かれています。)

 

 

これは当然北欧神話ではないですね。中国のグループが発表した論文なので、

中国の物語に登場する仙人・神ですね。(儒教の上では神様)

HP_ネタ素材.006.png

あくまで馴染みの問題ではありますが、どうしても孫悟空と聞くと、

某アニメキャラを思い出してしまいます。

ちなみに、持っている真核生物様遺伝子からの代謝予想もされており、

他のAsgardと比較してWukongのみが持っている特徴的なもの(そのグループに偏って存在しやすい)

というのは非常に少ないようです。

(Expanded Data Fig. 8, 9。ちなみにこのFig. 8にあるアーキア名HerdはGerdのタイポとみられます)

データ量の違いなのでしょうけど、ThorarchaeotaやLokiarchaeotaには特徴的な遺伝子群が多そうな印象です。

また、Expanded Data Fig. 1に今回の論文で解析されたメタゲノムデータの分布がありますが、

Costal sedimentが全体の約半分ということで、これまでのAsgardの発見(1. アスガルドアーキアとは参照)を振り返ってみても、

sediment metagenomeを大規模に調べてみるというのは、新たなAsgardメンバーを見つけられるチャンスが高まるのかもしれません。

(単純に、seawaterやfreshwaterにくらべてデータ量や研究の数自体が少なく、未踏なだけかもしれませんが)

日本人グループによる業績で新しく提案するときは、イザナギ・イザナミ・天照とかつけていいんでしょうかね、candidateなら。

とはいえ、MAGやSAGに好き勝手命名するのはどうなのよ、という議論も当然あり、

何を持って"type material"あるいは"type species"とするかは慎重な議論が必要でしょう。

こちらのConsensus Statementを貼っておきます。

Roadmap for naming uncultivated Archaea and Bacteria

結局、ここにある2つの可能性でどちらに落ち着くのでしょうか(ちゃんと調べてないのですが、まだ決まってないはず)。

HP_ネタ素材.007.png

個人的にはGTDBのphylum名みたいなのもどうかとは思いますが、

だからと言って神様や微生物学者名(今回触れていませんが、CPR bacteriaは人の名前からとったcandidate な名称が多数あります)を

とりあえず上から順番につけるのもなぁ・・・と思います。

情報が膨大すぎて、「特定の性質を表す単語を入れて名前をつける」ということがしづらいのかもしれませんが。

ネタ記事ではありますが、微生物探索への関心と同時に、

MAG/SAGによる微生物の「新種・新系統」とはなにかみたいな議論も同時に考えるきっかけとなれば良いなぁと思いました。

(本記事作成にあたり、特に北欧神話の神様については手軽なWikipediaを参考にしているため間違いを含む可能性があります。細かい内容までは使っていないので諸説ある様な部分には触れていないとは思いますが、念の為注釈を)

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